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収録作品
- 燈籠
- 満願
- 富岳百景
- 葉桜と魔笛
- 新樹の言葉
- おしゃれ童子
- 駆込み訴え
- 走れメロス
- 清貧譚
- 待つ
- 貧の意地
- カチカチ山
小説とエッセイの狭間
一人語りの作品は、小説でもあるような、エッセイでもあるような読み心地だと感じました。
以下ネタバレあり
「燈籠」「葉桜と魔笛」「待つ」など女性の一人語りの作品は、これを書いたのが太宰治であることを意識せずに読み進めていました。女性が自分のことを書いた、今ならばブログのような読み心地に近いかもしれません。語り手の主観からのみ書かれていて、自分の言いたいことばかりを書き連ねる。そこには少しの狂気も含まれています。
「燈籠」
盗みを行いながらも自分は悪くないと言い張り、「待つ」では誰かもわからない相手を待ち続ける。「葉桜と魔笛」で語られる姉妹の嘘。
これらに「作者によって作られた物語」ではない、生身の女性を感じました。
「おしゃれ童子」
どこまでが事実で、どこからが創作なのか、その線引きは太宰という作家その人にはそれほど詳しくない私にはわかりません。作中の奇妙な「おしゃれ」を、まさか本当にはしていないだろうと思いつつも、事実だと言われればそのまま信じてしまいたくなります。
「新樹の言葉」
これもごく自然にエッセイのように読みました。甲府へ逃れてきた主人公の作家が、乳母の子供である幸吉と会う。幸吉は父母を早くに失ったものの、妹とともにデパートで立派に働く。立場や置かれた状況の対比を興味深く読みました。
「上手い」としかいいようがない
太宰治に対して「上手だ」などというのはおこがましいことは承知していますが、どの作品も「上手いなあ」というのが第一の感想です。
言語化できない感想が、それでも漏れて出てきたのか「上手いなあ」なのです。
特に「こんな風に書けるようになりたい」と思うのが、作品の終わらせ方です。短編だからと言うこともあるかもしれませんが、余計なことはグダグダ書かず、かといって尻切れトンボにもならず、すっと終わる感じがして好きです。
何度でも、何作でも読みたくなる作家
私にとって太宰治は、何度でも、何作でも読みたくなる作家です。
学生時代に教科書で「走れメロス」を読んだときには、勧善懲悪ぶりが好きではありませんでしたが、成人後に改めて太宰治に触れてからは、私にすっと馴染むように感じています。本には読み時がある、それは人それぞれだと実感した出来事の一つです。出会い方が違えば、「教科書に載ってるつまらない作家」としてしか知らなかったかもしれません。